築地本願寺は、浄土真宗本願寺派の寺院。東京都内における代表的な寺院の一つで、京都市にある西本願寺の直轄寺院である。元和三年(1617)創建で、現在のインド様式の石造りの本堂は昭和九年(1934)築。 築地本願寺の本堂の独特なたたずまいは、伝統的な形式と当時の最新技術を用いており、震災復興期の貴重な建造物として、外周の石塀・三門(正門・北門・南門)の門柱とともに、平成26年(2014)、国の重要文化財に指定された。 |
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築地本願寺本堂(国の重要文化財) |
元和三年(1617)の創建当時は、浅草近くの横山町に浄土真宗本願寺派の別院として建立され「江戸浅草御堂」と呼ばれていた。しかし、明暦三年(1657)、「明暦の大火」で坊舎を焼失。幕府の区画整理のため、もとの場所への再建が許されず、その替え地として用意されたのが、八丁堀の海上。そこで佃島の門徒が中心になり、本堂再建のために海を埋め立てて土地を築いた。これが「築地」という地名の由来となっている。再建されたのは、延宝七年(1679)「築地御坊」と呼ばれるようになった。 その後、大正十二年(1923)、関東大震災にともなう火災により本堂を焼失したが昭和九年(1934)、現在の本堂の姿となった。この本堂の外観は「インド様式」の石造りとなっているが、本堂内部は伝統的な真宗寺院の造りになっている。 |
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築地本願寺正門(国の重要文化財) |
築地本願寺本堂内部 |
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築地本願寺北門(国の重要文化財) |
外周の石塀(国の重要文化財) |
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狛犬? 正面の大きな階段下の左右両側に翼のある獅子像が置かれている。築地本願寺の設計が古代インド様式ということで、狛犬もオリエントの雰囲気がただよっている。昭和九年(1934)、の製作である。 設計者の伊東忠太は戦前の日本を代表する建築家で、狛犬のデザインにもなみなみならぬ情熱を持っていたそうだ。30代のとき、中国・インド・トルコなどへ3年間留学し、欧米を回って帰国。ガンダーラ美術やヨーロッパのガーゴイル像などに深く影響を受け、「化け物好き建築家」としても知られている。 |
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