南町奉行所跡

  時代劇でおなじみの大岡越前守などが職務を執り行った江戸幕府の南町奉行所の跡。JR有楽町駅中央口前の広場に、発掘調査により出土した石組みが再現され「南町奉行所跡」プレートが掲示されている。また、この広場の地下広場には遺跡発掘で発見された、奉行所地下室の「穴蔵」と江戸時代の水道管(木樋)が展示されている。

訪問日:2016/11/26 駅からハイキング JR有楽町駅

「南町奉行所跡」プレートと出土した石組み

東京都指定旧跡:南町奉行所跡解説板
  江戸町奉行は、寺社奉行、勘定奉行とともに徳川幕府の三奉行のひとつでした。その職掌は、江戸府内の行政・司法・警察など多方面に及び、定員二名で南北両奉行に分かれ月番で交替に執務していました。名奉行大岡越前守忠相は、享保2年(1717)から元文元年(1736)にかけて南町奉行としてここで執務をしていました。
 南町奉行所は、宝永4年(1707)に常盤橋門内から数寄屋橋門内に移転し、幕末までこの地にありました。その範囲は、有楽町駅および東側街区一帯にあたり、平成17年の発掘調査では、奉行所表門に面した下水溝や役所内に設けられた井戸、土蔵などが発見されました。また、「大岡越前守屋敷」と墨書きされた荷札も出土しました。
 再開発事業では、石組下水溝の一部をここに再現するとともに、石材を事業地内でベンチなどに活用しています。
                 平成19年(2007)10月  千代田区

遺跡発掘で発見された、奉行所地下室の「穴蔵」とベンチにした江戸時代の水道管(木樋)

『穴蔵』 解説板 千代田区教育委員会
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