八景天祖神社

   享保年間(1716〜1735)、土地の庄屋・年寄・百姓らが「伊勢講」を作り伊勢皇大神宮に詣で分霊をお受けして祭祀したのが創建とされる。当時は「神明社」と称され、別当は円能寺が務めたが、明治五年(1872)の神仏分離令にともない円能寺から分離し「天祖神社」と改称された。社前の坂道が「八景坂」と呼ばれたことから「八景天祖神社」と呼ばれる。

訪問日:2016/10/30 駅からハイキング 大森駅

大森駅前の天祖神社石段、左の鳥居は伏見稲荷社

石段途中の左手に伏見稲荷社、江戸時代から鎮座しているそうだ

天祖神社拝殿:急な石段を上り小さいな境内へ

天祖神社の脇に大森駅前から山王の住宅街に続く階段がある。階段に沿って神社側の壁面に「馬込文士村」の文士たちのレリーフが埋め込まれている。北原白秋・川端康成・三島由紀夫など錚々たるメンバーである。