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続・日本百名城

No.200 勝連城(かつれんじょう)
別 名  ―
城地種類 山城
築城年代 13世紀頃
築城者 勝連按司
主要城主 阿麻和利
文化財・史跡 世界文化遺産、国指定史跡 
 天守の現況
関連施設 勝連城址休憩所
所在地(訪城日) 沖縄県うるま市(2018/10/10)

案内図
  勝連城は、琉球王国が安定していく過程で、国王に最期まで抵抗した城として知られる。城は、沖縄本島の中部勝連半島の根元に位置する標高60~98mの丘陵上に築かれている。城壁は、自然の地形を巧みに利用しながら、石灰岩の石垣をめぐらせている。北西の最高部から一の曲輪・二の曲輪・三の曲輪・四の曲輪と各平場が階段状に低くなり、再び南東側の東の曲輪で高くなっている。


三の曲輪城壁
 四の曲輪からの長い石畳道を上り、四本柱の門跡を抜けると三の曲輪が広がる。


三の曲輪の南側城壁

勝連城跡碑と三の曲輪への石畳道


三の曲輪
三の曲輪の広い空間は、政治的な儀式などが行われていたと考えられている。


三の曲輪・二の曲輪城壁の先に一の廓


二の曲輪
 二の曲輪に上ると規則的に並べられた礎石跡が目につく。舎殿跡で、当時の勝連城跡で一番大きな建物つまり正殿にあたる建物と推測され、勝連の政治上、最も重要な建物があったと考えられる。周辺から瓦が出土することから、瓦葺屋根の建物と推定される。また、一の曲輪に続く石畳道も残っている。


一の曲輪
 標高約100m、勝連城内で最も高い位置に築かれた曲輪。周囲360度見渡すことができ、周辺離島や本島北部の山々、南部の知念半島まで望むことができる。さらに、宿敵・護佐丸居城である 中城城も確認することができ、眺望の美しさだけでなく、軍事要塞としての特徴も備わっている。


一の曲輪

一の曲輪


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