奥越の秘湯「鳩ケ湯」廃業 主人急死で100年の歴史に幕

(2013年5月25日午前7時07分)

100年以上の歴史に幕を下ろし、廃業した温泉旅館「鳩ケ湯」=24日、大野市上打波
100年以上の歴史に幕を下ろし、廃業した温泉旅館「鳩ケ湯」=24日、大野市上打波

 奥越の秘湯として全国的に知られる福井県大野市上打波の温泉旅館「鳩ケ湯」が24日までに廃業し、100年以上の歴史に幕を下ろした。家族経営の中心だった主人が今月中旬、山菜採りに行って急死したため、高齢の両親が旅館継続を断念。常連客からは廃業を惜しむとともに、主人の人柄をしのぶ声が出ている。

 亡くなったのは大野市泉町の森嶋宏さん(59)。13日夜、旅館近くの打波川で遺体で見つかった。家族によると、山菜採りに出掛け、川の岩場で足を滑らせて流されたらしい。

 旅館は大野市西勝原のJR越美北線勝原駅から県道を約14キロ上った山中にある。刈込池や赤兎山などへのハイキングコースに位置し、宿からは別山や三ノ峰を眺めることができる。

 ヤマバトが傷を癒やすため水浴にやってきたことから「鳩ケ湯」という温泉名が付いたといわれる。泉質はナトリウム炭酸塩泉で切り傷、やけどに効くとされ、山菜や山魚、そばなど季節の料理も提供。全国の温泉愛好家、湯治客、登山や渓流釣りに来た人たちに親しまれてきた。

 大野市史などによると、1853(嘉永6)年に温泉が見つかった。1903(明治36)年に森嶋家が旅館を買収。宏さんは大学卒業と同時に、両親とともに経営に当たってきた。

 両親の高齢化にともない、宏さんが業務全般をほぼ一人で担っていた。このため、現状では旅館の継続は厳しく、先週末に旅館のホームページに廃業したことを報告した。父親の康哉さん(80)は「高齢の上に息子を亡くし、続けていく気力がなくなった。長年愛されてきた温泉だが仕方ない」と話す。

 30年にわたって毎年同旅館を訪れ、宏さんが亡くなる前日の12日にも知人と宿泊した愛知県の70代男性は「家族ぐるみの付き合いで、思い出が詰まった大切な場所。これ以上ないほど親切にしてもらった。13日の朝に見送ってもらったときの宏さんの笑顔が忘れられない」と悲しむ。

 同旅館も会員となっている日本秘湯を守る会の佐藤好億会長(68)=福島県=は「私自身も2回訪れており、ショックを受けている。日本の山岳文化を支えてきた貴重な秘湯が失われるのはつらい」と落胆した様子。それでも「再開の望みが少しでもあるのならば、スタッフの派遣など全力でサポートしたい」と話していた。